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文・川嶋未来(SIGH)
「エクソシスト」。ホラー映画史上に燦然と輝く名作である。1973年制作、公開されるや否や全米だけでなく、ここ日本でも大旋風を巻き起こした。アメリカでは18歳未満は鑑賞禁止の措置がとられたというが、これはホラー=内容が残酷ということよりも、主人公の少女が十字架を自分の股に突き刺すなど、クリスチャンの目からしたら到底許容し難い描写が原因の一つにあったのだろう。我々日本人のように、単にこの映画を怖い、怖くないで判断することは、キリスト教を社会の規範とする欧米では不可能であったに違いない。
さてそのエクソシスト、映画の内容もさることながら、付随する音楽もまた突出していた。ポーランドのクシシュトフ・ペンデレツキを筆頭に、アントン・ヴェーベルン、ジョージ・クラム、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェと、20世紀を代表するクラシックの作曲家がずらりと並ぶ。本作品は、難解だと敬遠されがちな現代音楽が、いかにホラー映画と相性が良いか、そしてこのような文脈で使用される場合、難解であることが一切問題にならないどころか、むしろプラスの要素たりえるということを証明した。この精神は、1980年公開の「シャイニング」にも継承されている。一方でエクソシストのメインテーマとしては、クラシックの作曲家ではなく、プログレッシヴロック畑のミュージシャン、マイク・オールドフィールド作曲の「チューブラー・ベルズ」が使用された。これはマイク・オールドフィールドや、「チューブラー・ベルズ」というタイトルを知らなくても、あのイントロ・フレーズを聞けば誰もが「ああ、この曲か。」と思うに違いない、心霊番組などの定番のBGMになっている。
「チューブラー・ベルズ」もミニマルミュージックという、やはり現代音楽における一つの手法を用いて書かれている。ミニマルミュージックとは、思いっきり簡単に言えば、物凄く単純な音型を、これでもかとしつこく繰り返す音楽のこと。この強迫的な手法は、実に恐怖という感情を高めるのに適している。マイク・オールドフィールドが、果たして怖い音楽を作ろうという意図を持っていたのかはわからない。だが21世紀になった今でも、「チューブラー・ベルズ」はテレビの恐怖シーンを盛り上げるのに一役買っているのだ。
「チューブラー・ベルズ」がホラー映画音楽に与えた衝撃は大きく、ミニマルミュージック的なサウンドトラックが使用されるケースは増えて行ったのだが、中でも特筆すべきはイタリアのプログレッシヴ・ロック・バンド、ゴブリンによる「サスペリア」のテーマだろう。同じくイタリアのダリオ・アルジェント監督による1977年公開の名作、「サスペリア」のメインテーマは、やはり「チューブラー・ベルズ」同様、ゴブリンを知らなくとも曲を聞けば誰もが知っているという名作。こちらもテレビのBGMの常連だ。
しかしこれ、良く聞いてみれば(良く聞いてみなくてもだけど)、「チューブラー・ベルズ」を下敷きにしていることは明らか。曲調からメロディラインまで、実に良く似ている。だがそれが、単なるパクリに堕することなく、実にゴブリンらしい消化、肉付けをされているのが見事だ。
アメリカの映画監督、ジョン・カーペンターは監督業だけでなく、自ら作曲までこなす多才な人物。代表作、1978年の「ハロウィン」のメインテーマもジョン・カーペンター自身による作曲。こちらは「サスペリア」のテーマほど露骨ではないが、やはりミニマルミュージック~「チューブラー・ベルズ」の流れを汲んでいると考えて差し支えないだろう。
ジョン・カーペンターの楽曲は、単純だが実に恐ろしい名曲が多い。1980年の「ザ・フォッグ」のテーマも実に見事。「サスペリア」や「ハロウィン」のテーマと比べると知名度は格段に落ちるかもしれないが、クオリティ的にはこれらに勝るとも劣らない。
さて、ではこれらの系譜に連なる日本のアーティストは誰だろうか。私なら迷わず中森明菜を挙げる。決してふざけているわけではない。1986年にリリースされた通算9枚目のスタジオアルバム「不思議」。聞いてもらえばわかるが、とてもアイドルのアルバムとは思えないような異様で恐ろしい内容の作品だ。
中森明菜「不思議」(1986)
しかも決して偶発的に恐ろしい作品ができあがったのではない。中森自身が「エクソシストの音楽からインスパイアされた」作品であると明言しているのである!「エクソシストの音楽」が「チューブラー・ベルズ」を指していることは明白で、例えば名曲「マリオネット」ののバイオリンなど、随所に「チューブラー・ベルズ」を下敷きとしたミニマルなフレーズが散りばめられている。
中森自身が提案したアルバムのコンセプトはそのものずばり「不思議」。おそらく作曲家陣は「チューブラー・ベルズ」だけでなく、ゴブリンの楽曲あたりも分析、参考にしたのだろう、ホラーファンにはなじみのアレンジ、フレーズが満載だ。そして何よりも異様なのが中森自身のヴォーカル。アイドルのアルバムのはずなのに、中森の声には極端に深いリバーヴがかけられているせいで、定位がやたらと奥に引っ込み、殆ど聞き取ることができないほど。素面で聞くことを前提にしていないのでは、と疑いたくなる。80年代のアイドルのアルバムというと、ヒットシングル数曲+残り捨て曲みたいなイメージがあるが、「不思議」はその対極にある作品。大衆受けする要素ゼロ、かと言って難解かというとそれもまた適切な表現ではなく、最早狂っているとしか言いようがない。
そんな作品にもかかわらず当時、中森のネームバリューもあり、本作品はオリコンチャート3週連続1位を獲得している。購入したファンたちが、どのような感想を持ったのかはまったく別問題ではあるが。それはともかく本作品、そのままホラー映画のサウンドトラックとして使用できるような仕上がり。ホラーファンにこそ是非とも聞いて頂きたい名作だ。[:en]
文・川嶋未来(SIGH)
「エクソシスト」。ホラー映画史上に燦然と輝く名作である。1973年制作、公開されるや否や全米だけでなく、ここ日本でも大旋風を巻き起こした。アメリカでは18歳未満は鑑賞禁止の措置がとられたというが、これはホラー=内容が残酷ということよりも、主人公の少女が十字架を自分の股に突き刺すなど、クリスチャンの目からしたら到底許容し難い描写が原因の一つにあったのだろう。我々日本人のように、単にこの映画を怖い、怖くないで判断することは、キリスト教を社会の規範とする欧米では不可能であったに違いない。
さてそのエクソシスト、映画の内容もさることながら、付随する音楽もまた突出していた。ポーランドのクシシュトフ・ペンデレツキを筆頭に、アントン・ヴェーベルン、ジョージ・クラム、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェと、20世紀を代表するクラシックの作曲家がずらりと並ぶ。本作品は、難解だと敬遠されがちな現代音楽が、いかにホラー映画と相性が良いか、そしてこのような文脈で使用される場合、難解であることが一切問題にならないどころか、むしろプラスの要素たりえるということを証明した。この精神は、1980年公開の「シャイニング」にも継承されている。一方でエクソシストのメインテーマとしては、クラシックの作曲家ではなく、プログレッシヴロック畑のミュージシャン、マイク・オールドフィールド作曲の「チューブラー・ベルズ」が使用された。これはマイク・オールドフィールドや、「チューブラー・ベルズ」というタイトルを知らなくても、あのイントロ・フレーズを聞けば誰もが「ああ、この曲か。」と思うに違いない、心霊番組などの定番のBGMになっている。
「チューブラー・ベルズ」もミニマルミュージックという、やはり現代音楽における一つの手法を用いて書かれている。ミニマルミュージックとは、思いっきり簡単に言えば、物凄く単純な音型を、これでもかとしつこく繰り返す音楽のこと。この強迫的な手法は、実に恐怖という感情を高めるのに適している。マイク・オールドフィールドが、果たして怖い音楽を作ろうという意図を持っていたのかはわからない。だが21世紀になった今でも、「チューブラー・ベルズ」はテレビの恐怖シーンを盛り上げるのに一役買っているのだ。
「チューブラー・ベルズ」がホラー映画音楽に与えた衝撃は大きく、ミニマルミュージック的なサウンドトラックが使用されるケースは増えて行ったのだが、中でも特筆すべきはイタリアのプログレッシヴ・ロック・バンド、ゴブリンによる「サスペリア」のテーマだろう。同じくイタリアのダリオ・アルジェント監督による1977年公開の名作、「サスペリア」のメインテーマは、やはり「チューブラー・ベルズ」同様、ゴブリンを知らなくとも曲を聞けば誰もが知っているという名作。こちらもテレビのBGMの常連だ。
しかしこれ、良く聞いてみれば(良く聞いてみなくてもだけど)、「チューブラー・ベルズ」を下敷きにしていることは明らか。曲調からメロディラインまで、実に良く似ている。だがそれが、単なるパクリに堕することなく、実にゴブリンらしい消化、肉付けをされているのが見事だ。
アメリカの映画監督、ジョン・カーペンターは監督業だけでなく、自ら作曲までこなす多才な人物。代表作、1978年の「ハロウィン」のメインテーマもジョン・カーペンター自身による作曲。こちらは「サスペリア」のテーマほど露骨ではないが、やはりミニマルミュージック~「チューブラー・ベルズ」の流れを汲んでいると考えて差し支えないだろう。
ジョン・カーペンターの楽曲は、単純だが実に恐ろしい名曲が多い。1980年の「ザ・フォッグ」のテーマも実に見事。「サスペリア」や「ハロウィン」のテーマと比べると知名度は格段に落ちるかもしれないが、クオリティ的にはこれらに勝るとも劣らない。
さて、ではこれらの系譜に連なる日本のアーティストは誰だろうか。私なら迷わず中森明菜を挙げる。決してふざけているわけではない。1986年にリリースされた通算9枚目のスタジオアルバム「不思議」。聞いてもらえばわかるが、とてもアイドルのアルバムとは思えないような異様で恐ろしい内容の作品だ。
中森明菜「不思議」(1986)
しかも決して偶発的に恐ろしい作品ができあがったのではない。中森自身が「エクソシストの音楽からインスパイアされた」作品であると明言しているのである!「エクソシストの音楽」が「チューブラー・ベルズ」を指していることは明白で、例えば名曲「マリオネット」ののバイオリンなど、随所に「チューブラー・ベルズ」を下敷きとしたミニマルなフレーズが散りばめられている。
中森自身が提案したアルバムのコンセプトはそのものずばり「不思議」。おそらく作曲家陣は「チューブラー・ベルズ」だけでなく、ゴブリンの楽曲あたりも分析、参考にしたのだろう、ホラーファンにはなじみのアレンジ、フレーズが満載だ。そして何よりも異様なのが中森自身のヴォーカル。アイドルのアルバムのはずなのに、中森の声には極端に深いリバーヴがかけられているせいで、定位がやたらと奥に引っ込み、殆ど聞き取ることができないほど。素面で聞くことを前提にしていないのでは、と疑いたくなる。80年代のアイドルのアルバムというと、ヒットシングル数曲+残り捨て曲みたいなイメージがあるが、「不思議」はその対極にある作品。大衆受けする要素ゼロ、かと言って難解かというとそれもまた適切な表現ではなく、最早狂っているとしか言いようがない。
そんな作品にもかかわらず当時、中森のネームバリューもあり、本作品はオリコンチャート3週連続1位を獲得している。購入したファンたちが、どのような感想を持ったのかはまったく別問題ではあるが。それはともかく本作品、そのままホラー映画のサウンドトラックとして使用できるような仕上がり。ホラーファンにこそ是非とも聞いて頂きたい名作だ。[:]