ロシアトランス紀行

文・川保天骨

※この記事は「ペキンパーVol.3」に掲載されていたものです。

今回の付録DVDには俺がロシアのトランスパーティーに潜入して撮影した映像が入っている。しかし、そもそもトランスパーティーって何?という人もいるだろうから、俺が自分の体験を交えてここでトランスするとは何かという事を少し書いてみます。

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初めてのトランス体験

今から約15年前の1997年、初めて俺はトランスしたんだよ。その頃はまだインターネットも普及してないし、パソコンも一般的ではない時代だったけど、幕張メッセで行われた日本初の大規模なトランスパーティー、『オーロラサイケデリカ』には相当な数の観客が殺到していたね。当時ハードロックやメタルを好んで聴いていた典型的なロック青年としての俺はテクノ系の音楽は“打ち込み”とか呼んでバカにしてたもんだよ。あんなのはフ抜けたようなヤワな奴が聴く音楽だと思ってたからね。全く気が進まなかったけど、その時の友人Kがどうしても行こうと強引にこのパーティーに俺を連れて行った。そして俺は勧められるままに幻覚物質を服用し、その1時間後、決定的な変性意識状態を体験する事になる。

人生を変えたトランス体験!

今から思えば、この時の体験は現在俺が推し進めている『デス・エロス・トランス』というコンセプトを追求するコンテンツに大きな影響を与えていると思う。ビートルズの『サージェントペパー』や『ホワイトアルバム』を聴き込んで、さらにピンクフロイドの摩訶不思議な音世界に興味を惹きつけられていた中学から高校時代。サイケデリックという言葉に人一倍敏感な10代だった。上京してからはとにかくサイケデリックロックのCDを大量に買い込んで聴いていたな。しかし、この’97年時点で幻覚物質を摂取してのトランスを体験することにより、これまで信じていたサイケデリックの世界が全く本質ではないという事に気づいたわけだ。俺の知っていたサイケデリックは単なる知識で、なおかつその表層にすぎなかったということだよ。愕然としたね。童貞がセックスして非童貞になった時、「ああ、俺はようやく男になったのか………」なんて感慨にふける事よりもさらに重大な、まさに人生の大きな転換地点といってもいい。それぐらいインパクトが大きな体験だった。目の前で起こる膨大な幻視、そして変質した音。最初それがトランスしている状態である事に気付かなかった。幕張の壁に大写しされたCG映像の前に茫然と立ち尽くして見入っていた時、誰か知らないが女性が近づいてきて、「大丈夫ですか?」と聞いてくる。俺は何も答えられなかった。言葉を失っているのだ。その時、頭の中で「ドカーン」という音がした。俺はトランスしてるんだ!これがトランスというものか!サイケデリックというものは!トリップするという事は!この状態の事なのだ!と悟るわけ。

この時、付き合っていた女もこのパーティーに同行していたのだが、俺と同じ幻覚物質を摂取した後、会場内で俺とはぐれ、一人で椅子に座っていた時、昏倒し、そのまま救護室に運ばれていたらしい。その頃、携帯電話もなく、俺は会場をトランスした状態で彼女を探していたのだが、途中で誰を探しているかもわからないような意識状態、まさに夢の中だ。それでもようやく救護室にいる事が発覚し、俺はトランスした状態で救護室に入った。ベット上に亡霊のような顔をして横たわる俺の彼女を観た瞬間、頭の中で再び爆発音が鳴った。俺はヤバイ!と思い便所に駆け込む。そして口に手を突っ込みゲロを吐こうとした。この幻覚状態から抜け出さないとまずい!という意識が働いていたのだ。おそらく、酒を飲んで酩酊した時に、吐くと多少なりとも意識が戻る事があるが、この時も吐けば少しは意識が正常になると思っていたのだろう。しかし口から飛び散る胃液がすべて星屑のようにキラキラ光る。たまらず目を閉じると真っ白なミルクの海が見え、何百、何千もの目玉がその海から飛び出してくるアニメーションを観る。その後真っ赤な空を飛ぶ幻覚。向こうの方に巨大な黄金の大仏を見る。俺はベットに横たわる女のそばに行き、「ダメだ」となんとか言った。女は虚空を見つめたまま何も語らず。そして「大丈夫か?」と聞くと首を縦に振る。「大丈夫………」こういう夢の中にいるようなトランス状態でも意識はありありとある。酒を飲んで酔っ払うと記憶さえも曖昧で、時には完全に記憶喪失状態になるものだが、トランス状態では記憶が鮮明だ。俺はその時「まあ、大丈夫だろう。救護室だし………」とかなりいい加減な判断をし、少し肩の荷が下りたような気がして救護室から出た。居てもたってもいれなかったのだ。はやく会場に戻らないと!

 

固有の音楽的価値観よりも音の機能性に比重を置く

そして会場に再び戻り、改めてトランスの真っただ中にいる自分に気付くのだった。その時かかっていたような音楽はゴアトランス系ですこしインドの音階のようなものが使われていたと思う。しかし、もうすでに変質しているそれら音楽は、俺の知っている“音楽”ではなくなっていた。この時から俺にとっての“音楽”という概念が大きく変わっていく事になるのだが、あれは音楽などという文化的なものではなく、単にトランスを誘発させるための誘引剤としての“音”だ。トランスするための道具としての“音”の存在に俺は気付いたのだ。テクノは確かに音楽というジャンルのひとつだが、その本質は人間をトランスさせるための“道具”でしかない。音楽を鑑賞するものではなく、身体で感じる振動のようなもの。そこにあるのは音楽的芸術性ではなく、機能だ。多くの音楽ジャンルが固有のアーティストから生み出される固有の曲で成り立つのに対し、レイブやトランス系パーティーではDJによって作り出される“上げ、下げ”でしかない。それ以外むしろ必要ないと言っていいかもしれんな。実際、その後何度もトリップするような状況に自分を追い込んでいくのだが、音楽はむしろ邪魔だったよ。

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バットトリップによる反動を使う

それまで自分自身を形成していた既成概念、価値観がひっくり返ってしまった俺はこの日を境に完全にアチラ側の世界に惹きつけられていく事になる。『太陽肛門』なんていうバンドもやってはいたが、もう何か茶番のような気がしてしまった。それでも音源やライブはこなしていたが、やはりもう心がバンドから離れていたことは確かだった。完全にトランスする事に関心が移っており、1か月に1回は必ずレイブに行くようになっていた。俺はトランスする事によって、丸裸の自分、俺の存在の核心部分に迫って行きたかったんだよ。

当時よく行っていたのは『イクイノックス』という300人から500人規模の大きめのパーティーで、それ以外はほとんどがイスラエル人がやっているようなアングラのパーティーだった。とにかく当時はネットがないので、情報は手のひらサイズぐらいの小さなフライヤー、もしくは口コミの情報だけだった。どういういきさつで主催者がああいうレイブをやっているのか分からなかったが、そういうキャンプ場にバカでかいスピーカーを何台も持ち込んで、大音量でトランスを流すエネルギーは今考えても凄いと思う。一度などスピーカーの前で完全に金縛り状態になった事がある。その時聴こえていたのは音ではなく、鉛のような質量をもつ物体で頭を殴られているような感覚を思えたものだ。そしてトランス状態を何度も経験してくるうちに、こういう状態でも自分の意識がしっかりあり、ある程度のコントロールが出来るということを俺は悟ったんだよ。そしてさらなる高みに上り詰めるためにありとあらゆる事をやるわけだが、ひょんなことから、一度バットに落ちると、その反動でさらにブッ飛ぶという法則を発見した。それからは意識してバットトリップをするようになったね。そのバットから抜け出る時の猛烈な上昇感を得るという事を頻繁にやるようになる。貪欲なんだね。

意志の弱い奴は近寄らないでね!

ここまで読んで、『このオッサン、ナニを言っとるのかさっぱりわからん!』という人もおるやろ。トランスした事のない人間に、トランスを説明するのはかなり難しいよ。その人の想像を超えているし、言語の世界じゃないからな。セックスした事ない人にセックスの外側、その表層を伝えることはできるかもしれないが、核心部分は伝わらないように、トランスには説明のつかない部分が多いよ。

もちろん、レイブに来ている人全部がトランスしているわけではない。トランスするのはほんの一部で、全体の10パーセントから20パーセントぐらいだろう。商業的な規模で行われるレイブは前半に有名アーティストのライブやなんかをブッキングして集客し収益を得ているわけだが、トランス目的のレイバーはそんなライブの時はまだ会場に来ていなかったりする。DJもそういう一般の客が会場を埋めている時は音楽的なテクノをかけてお茶を濁している場合が多いのだが、そういう客はだいたい深夜2時ぐらいになると自分のテントに帰って寝てしまう。そりゃあキメてないんだから当たり前だろ。眠いんだよ。俺なんかは「も~、早くライブとか終わって欲しいな~」とか思ってる口だったな。早く飛びたいんだよ。夜が明けて空が白みがかって周りが見えるようになる頃は完全に変性意識状態にいる自分、そしていつものトランス野郎たち狂ったように踊っている光景を目の当たりにするわけだ。前日に雨が降ったりして地面がぬかるんでいたりすると上半身裸でドロドロになって踊り狂う奴とかもいて、原始人の祭り状態になる。こんな事が現代に行われていいのかというような事が目の前で繰り広げられるわけだよ。

身体の調子や精神的にもベストコンディションでそういう変性意識状態にいて、ちょっとした意識コントロールが出来れば、自分が人間である事さえも忘れ、そこら辺のミミズや微生物、さらには地球そのものだった自分、そして宇宙へと還っていく意識体を確認する事も可能だよ。でも、これは誰もが出来る事ではない事は確かだ。俺は大丈夫だった。空手で鍛えてたからな!修行が足りん奴はそのまま社会復帰できない状態になるから気をつけろ!まず、会社辞める。まがいもののエクスタシーに手を出す。そのうち覚せい剤か?コカインか?死ぬか自殺!あの世で会いましょうという事になる。ワカッタカ!

ロシアのトランスパーティー映像

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今回、付録のDVDに収録した映像は俺がまだ30代の半ばだった頃の映像だ。観たら分かると思うが幻覚剤は使用していない。酒を飲んで酔っ払ってパーティーに行って楽しんでいる様子だ。この時行ったロシアのパーティーはかなり商業的なもので、ホンモノではなかったが、酔っ払って行くにはちょうどいい感じだったな。かかっている音はかなり古めで、来ている人間も一般人が90パーセント。ダークトランスなど、トランス系では先進国のロシアだが、何しろそういう極秘パーティーに参加するにはそれなりの情報とコネクションが必要だろう。俺はもう20代後半以降、一切幻覚剤を摂取する事は止めた。もうあの世界の事、存分に知ってるんだからリスク犯してこれ以上見る必要もないしね。サイケデリックトランスについては、かつての記憶だけで十分。幻覚剤については、未熟な若者が調子こいてぶっ飛んで事件に巻き込まれるような事は本当に腹が立つ。エクスタシーについては俺は本当に怖いと思うよ。みんな、気をつけろよ!
今後、南米などのトランス状況には興味があるので、そういうトランス紀行を考えてもいいかなと思ってるよ。

(つづく)